HOME > About Paul Budnitz

ABOUT US

WELCOME TO KIDROBOT!

Kidrobotの創設者で最高責任者であるポール・バドニッツは、世界最高峰のアート・トイ、ファッション、アクセサリーのクリエーターである。

原子物理学者とソーシャルワーカー(民生委員)の息子、ポール・バドニッツは、高校入学の頃には既にプロとして原子力発電所の安全性分析ソフトのコーディングを行っていた。また、今では伝説となった家庭用コンピュータCommodore 64用のゲームソフトを作っていた。大学入学の頃、彼は「もう二度と他のコンピュータには触らない」との誓いを立てた。

バドニッツは写真、彫刻、映画をイェール大学で学び、1990年に芸術学の優等学位を取得した。彼の最初の映画、「93 Million Miles from the Sun」と「Ultraviolet」はベルリンで賞に輝き世界中に配給された。Artforumマガジンが“1997年のベスト映画のひとつ”と称賛した。

映像に情熱を傾けるにつれ、彼は当時の映像技術にギャップを感じはじめた。“1995年には手ごろな映画の編集方法が何もなくて、映画を編集するのに自分のハードウェア・システムをハックした”と彼は言う。彼は家庭用コンピュータで編集した初の長編映画を製作したとして、1996年のWiredマガジンに掲載されている。

この頃に培われた企業家精神と鋭い美的センス、世界のポップカルチャーへの博学的愛情、そして豊かなハッキングの才能のコンビネーションが、バドニッツの未来のすべてのベンチャー事業を特徴づけていて、Kidrobotはまさにその1つである。

“僕の祖父は小さな町医者で、いま取ろうとしている大きなリスクはバカで危険だっていう事をわからせる遺伝子が僕には欠けているってよく言っていた。僕はこれに感謝している。僕たちが人生で創りだす美しいもの全てには、まだ見えない物事を信じることが必要なんだ。”

バドニッツにとって、1つの事業は有機的に次へとつながっていった。彼は最初の事業M.O.Bを大学在学中に始め、彼が共同デザインをした服を世界中のミュージアムストアに販売した。これらはすぐにLevisのヴィンテージのコレクション、販売、リメイクや、クラシックモデルのエアジョーダン(バドニッツは日本で1足16,000ドルの高値で売っている)等、その他の着ることのできる文化的アーティファクト(工芸品)へと発展していった。

1997年にバドニッツは、彼の16ミリ映画のサウンドを東京旅行で遭遇したミニディスクという新しいオーディオ・フォーマットで録音し始めた。彼はすぐにミニディスクプレーヤーをハックして映像とサウンドの録音用にカスタマイズし、当時普及し始めたばかりのインターネット上で販売した。2001年までにMinidisco.comは、彼が書いたソフトウェアで運営される700万ドル企業へと成長した。

中国や日本から発信される先鋭的なビニール・トイを目にした2002年、バドニッツのキャリアはまたひとつ思わぬ方向へと転向した。これらのトイには、“朝食シリアルの箱のキャラクター達をもとにしたビニール・トイや、GIジョーがリミックスされてBボーイにスタイル化された”ものが含まれていた。

彼はこの奇妙な癖のある複雑なトイを、彼がこよなく愛した多くの芸術的ムーブメント―ファッション、カートゥーン、グラフィティ、コミックス、音楽、ファイン・アートなど―が混在したポップアートだと考えた。バドニッツはMinidisco社を売却し、その収益をKidrobot創設に投資した。2002年、カリフォルニアの倉庫でのことである。彼が過去のビジネスのために開発したテクノロジーを導入し、2003年にはニューヨークへと会社を移設した。

“この会社を始めた時は、僕が何をしているのか人に説明するのが本当に難しかった。人は皆「これはアートか、それともトイか?」と聞くので、僕は「その両方、そしてこれらを売ることもアートの一部だ。」と答えるんだ。この手の質問をされるといつもちょっとだけ気が狂いそうになったよ。現在これらのトイは美術館にあり、それと同時にストアで販売されているんだ。”

バドニッツは、過去のアニメーション映画で共に仕事をした友人、トリスタン・イートンの才能を求め、2人はKidrobotの大人気キャラクターであるDunnyとMunnyを制作した。コラボレーションの哲学により、バドニッツは何十人ものファイン・アーティストやグラフィティ・アーティスト、イラストレーターたちを呼び集め、共にトイ・プロジェクトを行った。Kidrobotは毎年ざっと60の新作トイを製作し、それらは世界中の何千ものストアで販売されている。

2006年にバドニッツは、喝采をあびたKirobotの限定アパレルラインのほとんどを共同でデザインした。175ドルから3000ドルの値がついたKidrobotアパレルの服は、バーニーズ・ニューヨークやその他多くの世界中のハイエンド・リテーラーで目にすることができる。

2007年12月、バドニッツとイートンが様々なアーティスト達とペイントした10体のDunnyと3体のMunnyが、ニューヨーク近代美術館MoMAのパーマネント・コレクションに収蔵された。また、Kidrobotの革新的トイは、2006年のクーパーヒューイット・スミソニアン美術館デザイン・トリエンナーレの主要作品となった。

会社創設以来、バドニッツは実質的にほぼすべてのKidrobot製品のデザインとアートディレクションを手掛けてきた。バドニッツの独創的なクリエーションは、トリスタン・イートンとのDunnyとMunny、Zoomies、MoochyPooty(Wildbrain社の人気番組で、ニックジュニアで放送されているYo Gabba Gabbaで近年アニメーション放送されている)等が含まれる。

バドニッツは世界のトップアーティスト、デザイナー、ファッションブランドとともに仕事をしてきた。アーティスト&イラストレーターのフランク・コジック(Frank Kozik)、Dalek、ドーズ・グリーン(Doze Green)、タラ マックファーソン(Tara McPherson)、ゲイリー・ベイスマン(Gary Baseman)、ハック・ギー(Huck Gee)、トリスタン・イートン(Tristan Eaton)、デイビッド・ホーヴァス(David Horvath)、シェパード・フェアリー(Shepard Fairy)、イーボイ(Eboy)、ティルト(Tilt)、ミスト(Mist)、ジョー・レドベター(Joe Ledbetter)、ポール・ポープ(Paul Pope)、デザイナーの、ヘザーレット(Heatherette)、レマー&ダウリー(Lemar&Dauley)、ジル・サンダー(Jill Sander)、ドライズ・ヴァン・ノートン(Dries Van Noten)、マークジェイコブス(Marc Jacobs)、ヴィジオネア(Visionaire)、ポールスミス(Paul smith)、ミュージシャンの、スウィッツビーツ(Swizz Beatz)、ポール・ダーハン(Paul Durham)、ブラック・ラブ(Black Lab)、DJ Qバート(DJ QBert)、ゴリッラツ(Gorillaz)、また、ナイキ、バーニーズニューヨーク、ラコステ、バートン スノーボード、ザ・スタンダード・ホテル、シエメンス(Siemens)、フォルクスワーゲン(Volkswagon)など、例をあげればきりがない。

また、バドニッツはKidrobotのリテールストアの全てとKidrobot Roomバー(ピーター・ガティエンによるトロントの大型ナイトクラブCIRCAの中にある)を共同でデザインした。2006年暮れには『I AM PLASTIC: The Designer Toy Explosion』を執筆し、ハリー・エイブラムズ・プレスより出版した。

バドニッツは未だ時々、Readymadeマガジンのセンター・スプレッドやBlack Labのアルバムカバー等のために写真を撮っている。バドニッツは世界中で開催されているビジネス・イノベーションとクリエイティビティについてのカンファレンスにスピーカーとして登場している。彼は時折彼のブログpaulbudnitz.comに投稿もしている。

Kidrobotはウェブサイト、およびニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、マイアミの直営店を運営している。

ポール・バドニッツはニューヨークとモンタナ州ボーズマン(Bozeman)に位置する彼の自宅とを今日も行き来している。イエローカラーのJeepで、ホームタウンの空をバックにバイソンを追いかけながら―。